校長室ブログ

徒然なる毎日

課題考査

正門付近の桜は、昨日の雨でだいぶ散ってしまいました。しかし、今日は天気がよく、青空と桜が美しいです。
学校の方は、本日全学年で課題考査を実施しました。春休みの成果を発揮するとともに明日から始まる授業へと気持ちを切り替えてもらいたいと思います。
 

第1学期始業式

4月8日、第1学期始業式を行いました。
「4月1日に着任した校長の松田功です」とあいさつしました。在校生の皆さんの真剣な眼差しを受け、改めて
与野高校のために頑張っていこうという気持ちを強く持ちました。
そして、私からは「新年度にあたり、今までの成功や失敗を含め、捨ててしまえるものは捨ててしまい、新たスタートを切りましょう」「与野高校を感謝のことばと笑顔があふれる学校にしたい、『ありがとう』と『ごめんなさい』をしっかり言えるようにしてほしい」と話をしました。
 続いて、生徒指導担当から「ルールとマナー」に基づいた交通安全といじめについてお話がありました。
 進路指導担当からは「決断力」により、自分自身で進路選択することの大切についてお話がありました。
 教務担当からは、考査について昨年度からの変更点について話がありました。どれも大切な話でした。内容を思い出して振り返ってもらいたいと思います。

 午後に入学式が行われました。準備や手伝いなど担当した生徒の皆さんありがとうございました。
 おかげさまで、新入生たちにとって、素晴らしい出発となる入学式が挙行できました。

令和6年度入学式

4月8日令和6年度入学式を挙行しました。
362名の新入生の皆さん、保護者の皆さんおめでとうございます。
正門の桜が満開でした。それだけでも思い出に残る入学式だったと思います。
「二兎を追い、獲得する」ことを目指す日々の始まりです。充実した高校生活となることを祈念します。
 

3/31 それぞれの道

 ようやく桜が咲き始めました(写真は今朝撮影した近所の桜です)。

 といっても、私が子供のころ(1970年代)には、関東地方では桜は入学式の花でした。近年の温暖化で半月くらい早くなっていたのが、今年は昔並みに戻った感じです。

 

 さて昨日、新聞発表がありましたのでご存じの方もいるかもしれませんが、令和6年度当初人事異動で、私も与野高校を離れることになりました。

 毎年、この季節になると思い出すのが、キャンディーズの「微笑みがえし」という曲です。(若い人たちは知らないでしょうから、説明しておきますと、私と同年代の人が小学生~中学生のころにすごい人気をだった3人組の女性アイドルグループです。)この曲は1978年4月のキャンディーズ解散コンサートの最後の曲で、「春一番が」からキャンディーズのヒット曲のタイトルをつづった歌詞が続き、「それぞれの道 私たち歩いて行くんですね」で終わります。今でもこの季節になるとテレビやラジオでかかることの多い曲ですが、寂しさの中にも明るさと希望を感じるいい曲です。

 たしかに別れは寂しくはありますが、この歌の歌詞のようにそれぞれの道を歩んでいった先には、きっと何か良いことがあると思います。

 生徒、保護者、このブログを読んでいただいたすべての皆さん(って居てくださいますよね、お一人かお二人くらいは…。)どうもありがとうございました。 明日からは、また新しい勤務先に向かいます。

 

3/18 プチ史跡巡り 道の跡(39)

 学校の方は入学者選抜も卒業式も終わり、一段落というところです。

 さて今回も何の役に立つかわからない史跡巡りシリーズです。

 JR浦和駅の西口側、イトーヨーカ堂の前を県庁の方へ向かう「裏門通り」という道があります。ちょっといい感じの洋食屋さんなどがあり、週末はなかなかにぎわっています。

 さて、この通りを西へ進み、中山道を越えて玉蔵院前の通りと交差するところです。なぜか小さなレンタカーの営業所を取り囲むように路地があります。(写真上は裏門通り側から、写真下は玉蔵院前の通りの側からみたところ)

 

 

 ショートカットするためこの路地を通行している人は結構いますが、別になくても大して困らないはずで、なぜここに道があるのか、ちょっと不思議です。地図で見てみるとこんな感じです(赤い〇。この地図と明治迅速図は「歴史的農業環境閲覧システム」サイトから借りました)。

 

 で、昔はどうだったのか? ということでいつもの明治迅速図を見てみます。

 

 一応、黒い線が通っていますが、ほそい裏道のようです。その南側の裏門通りは今と同じところを通っていたことがわかります。家を表す四角形が並んでいるところを見ると、この時代から結構繁盛していたようです。現在の交差点から南側の玉蔵院前の通りはまだありません。

 いつもだったらここまでなのですが、浦和についてはさらに古い地図を見られるので、それを見てみます。さいたま市所蔵の「浦和宿絵図」(文化8年/1811年)です。(画像はいつもお世話になっている「咲いた万歩」さんのサイトから借りました)

 

 この地図をみると「おお!」という感じで疑問氷解です。江戸時代には玉蔵院の境内が今よりも広く、今の裏門通りにあたる道は境内をよける感じでカギ状に曲がっていたんですね。現在レンタカーの営業所がある場所は、玉蔵院の境内の角に当たります。この形跡が今も残っているわけです。

 土地の境界というのは、年月を経てもなかなか動かないもののようです。古代官道の跡が今も自治体の境界になっていたり、古代の条里制が今も水田の境界になっていたり、といった例が全国にあります。このレンタカー屋さんの周りの不思議な道路もだいぶプチっとしていますが、そのようなものの一つといえます。

 

 

3/8 卒業式

 本日は与野高校の第69回卒業証書授与式でした。

 未明からの降雪で雪の卒業式となりました。足元が悪く、冷え込みも厳しかったのですが、過ぎてしまえば印象に残る卒業式になるのではないか、と思います。

 本日の卒業生答辞で前生徒会長の三友さんが、私たちは一年生の校外ホームルーム(遠足)の時も雪だった。よくよく雪に縁のある学年だ、という話をしていましたが、そういえばそんなこともありました。今日はまだ3月で、早春の雪というのは珍しくありませんが、3年前の校外ホームルームは4月下旬でした。そんな時期に雪がふるのは流石に珍しいので、三友さんの言う通り、誰か「雪男」か「雪女」、「雪性別は未回答」な人がいるのかもしれません。

 それにしても三友さんは朝の天気を見て、急遽、答辞の内容を一部変更したのでしょうか? 素晴らしい機転です。さすが与野高生!

 校長式辞では、先ごろ日本の名目GDPがドイツに抜かれたニュースを取り上げ、今後の日本の復活は、皆さんにかかっている、という話をしました。第69回卒業式式辞.pdf

 別に世界4位でもいいじゃないか、という人もいるかもしれませんが、私は、今のままでは日本はどんどん転落して貧しい国になってしまいそうな危機感を持っています。若い人たちの奮起を期待したいと思い、そんな話をさせていただきました。

 

3/5 道しるべ ~プチ史跡(38)

 今年の高校入学者選抜も明日の追検査の結果発表を残すだけとなりました。

 先日、冷たい雨の中、自転車で走っていたらいい感じの石塔を見つけました。

 

 

国道17号の緑丘交差点を東に曲がり、少し進むと「ディスカウント トライアル」というお店のところに、変形6差路があります。そこを右に曲がって100mくらい行くと、住宅地の中に3坪くらいの石柵に囲まれた空き地があり、そこに小さな石塔が立っています。

表面には少し薄れていますが「牛頭天王」と彫ってあるのが読めます。右側面には「宝暦二申六月吉日」と建立の日付があり、左側面には「上〇〇」と願主が刻んであったようです。(上〇〇はたぶん「上尾村」でしょう)

牛頭天王は、このブログには何度も登場していますが、牛頭人身(ミノタウロスですね)で、京都の祇園社などに祭られている疫病の神様(祇園様)です。してみるとこの石塔と囲い地は小さいながらも祇園様のお社とその境内という事になります。すごくきれいに手入れされていていい感じです。

この祇園様の周辺も、区画整理や宅地開発などで昔の道筋が大きく変わってしまっていますが、お社が面している道路は明治迅速図にも載っていますし、近くの変形6差路も昔は5差路だったようですが、ちゃんと載っています。

 よく見ると、この祇園様自体も、お社のマーク(今の地図記号とは異なり、小さな社殿のような絵で表される)で載っているようです(上左の地図中の赤丸)。

 この祇園様は、原市から桶川へ抜ける街道に面していました(今は寸断されていますが)。原市は市場町としてにぎわった場所で、桶川も中山道の宿場や紅花の集荷される場所として栄えた町です。きっと多くの人がこの祇園様の前を通って行ったことでしょう。この石塔は違いますが、庚申塔などには旅人のための道しるべの役割を果たしているもの(プチ史跡第35回参照)が多くあります。また道しるべの機能はなくても、これらの石塔は自分たちの集落や道行く人々の安全を祈って建てられたものです。私は、昔の人のこういう素朴な信仰心に共感します。この祇園様が建てられたのは刻まれた年紀によれば宝暦2(1752)年ですから、270年もの間、この場所を守ってきたわけです。きっと地域の方に大事にされてきたのでしょう。思わずほっこりして、冷たい雨に冷え切った体が少し温まったような気がしました。

 そういえば、今度の金曜日は早いもので、本校の卒業式です。今度卒業する3年生の皆さんがそれぞれどんな宗教や神様を信じているかは知りませんが、3年生の皆さんの上に末永く、何らかの神様のご加護と導きがあるよう祈っています。

2/20 春近し

 明日は公立高校の学力検査なので、手短に。

 梅が咲き始めました。街角や公園などあちこちで、梅の花の良い匂いを感じます。梅の次は桜です。本格的な春はもうすぐそこです。

 

 明日の公立高校の学力検査に挑む中学生の皆さん、高校生でまだ国公立大の入試などに挑む皆さん。あと一息です。最後までベストを尽くしてください。試験の結果は必ずしも思い通りにならないかもしれません。しかし全力を尽くして得た結果は、自分自身の成果として胸を張っていいものです。納得のいく戦いをしてください。

2/15 春一番 & プチ史跡巡り(37)道路跡を探す

 今日は「春一番」とかで生暖かい南風が吹きつけています。先ほど、防災訓練でグラウンドに出る際に「寒いかな」と思って、ウインドブレーカを持って行ったのですが、着る必要がありませんでした。季節はどんどん春に向かっているのですね。

 防災訓練ではさいたま市消防局の起震車に来てもらっての地震体験もありましたが、震度7ともなると、立ち上がって何かするのは不可能になる、というのがよくわかりました(写真下)。いざというときに慌てない心構えをしておきたいと思います。

 さて、今日のプチ史跡は本当にプチです。プチ史跡(35)で、かつては道の分岐点に立っていた庚申塔が、片側の道がなくなってしまったため、今は変な方向を向いているように見えるという話を書きました。それ以来、昔から残っている道の跡を探すのにちょっとはまっています。

 

 上の写真は、上尾運動公園の国道17号東側部分(かつての水上公園の側)の森の中の道です。

 この道のある上尾市とさいたま市の境界付近は、昔はあまり水に恵まれず少々の畑作地のほかはマツやナラの林などが広がる地域だったようです。その後、この辺りには「吉野原工業団地」などができ、大幅な区画整理が行われたので、道路網も大幅に書き換えられてしまいました。その中で、この道は数少ない昔のままの道なのです。

 上の地図は、「歴史的農業環境閲覧システム」の比較地図から借りたものです。地図上の赤い縦線が写真の道です。左側の明治迅速図を見ると、現在は交通の大動脈となっている国道17号は影も形もありません。しかし写真の田舎道は今と同じ位置にしっかりあります。長くつながってはいないので街道という感じではありませんが、南側の集落と北側を通る上尾原市新道(青い線)を結ぶルートになっています。当時の上尾原市新道は地方の重要ルートだったので、それに接続するこの道もかなり人通りがあったのではないか? 思われます。

 そういう目でみると、変哲のないただの田舎道も、なかなか楽しいものに見えてきます。(って私だけですか?)

2/9 入試業務が始まりました。& 「マルハラ」?

 今週の7日から県公立高校の入学者選抜の願書受付がおこなわれています。中学生の皆さんの進路を決める大事な選抜ですので、ミスがないように気を引き締めていかなくてはなりません。とはいえ、肩に力を入れすぎていると視野がせまくなってしまうので、いい意味での平常心を持っていきたいと思います。

 平常心を保つためにもブログ更新をというわけで、お題は「マルハラ」です。

「。」

 先日、ネットの産経新聞の記事を見ていたら、最近は「マルハラ」というものがあるそうです。それは何かというと、LINEなどのアプリでやり取りをする際、年配の人たちは、それらのメッセージにも正規の文法に従って句読点(、や。)を使いますが、若い人たちは、それ(特に「。」)に威圧感や恐怖を感じるので嫌だ、というものです。記事によれば若い人たちは「。」によって文の終わりを宣言されると、会話が打ち切られ、その後のコミュニケーションが続けられない気がして嫌なのだそうです。

 その説明を読んでも、私にはどうも意味不明なのですが、無理に推し量ってみれば、若い人たちには文の流れを制御して論理を整える「、」「。」の機能は不要で、それよりはだらだらと「繋がって」いるという気分の方が大事ということなのでしょうか。

 仮にそうだとして、これが若い人たちが友情に厚い証であれば、それはまあいいことなのかもしれません。しかし、これが自分の知らないところで何を言われるのかわからないから、人との会話を途切れさせられない、という不安感の表れであるとすれば、若い人たちの心の健康は大丈夫なのだろうか、と思います。

 またその記事では、「マルハラ」を防ぐために若い人とのやり取りでは、文末を「。」で結ばず、「!」をつけたり、顔文字(スタンプのこと?)で結ぶのが良い、という識者のアドバイスも載っていました。

 しかし、そもそもこの「マルハラ」とやらは防ぐ必要があるのでしょうか? なんでそこまで若者の(おかしな)感性に迎合しなければいけないのか、皆目理解できません。むしろ若者に日本語の文法を守るよう指導すべきだと思うのですが。

 

 

 

二兎を追い獲得するとは

 「二兎(にと)」とは当然「学問(勉強)と部活動・生徒会活動」です。本校では生徒一人ひとりに、高い目標を掲げて、勉強と部活動・生徒会活動に全力を注ぎ、目標を達成することを求めています。
 「学問に王道なし」と言うように、日常の勉強に「王道」はありません。特に高い目標を達成するためには、地道に努力していくしかありません。そのためには、勉強や部活動を日常の習慣にするしかありません。
 本校では、部活動や特別活動をとおして、自主的に考え、自律(立)して行動する力を身につけさせ、朝読書、週末課題、授業によって自立した学習者を育て、学力の向上に繋げていくことを目指しています。
 二兎を追い、勉強と部活動のどちらにも偏らない、バランスのとれた生徒達を育てて行くのが与野高校の教育活動です。生徒達が全力で二兎を追い、獲得することを願っています。

本校の特徴

本校は昭和3年創立の長い歴史と伝統を受け継いできた学校です。

埼京線与野本町駅から徒歩10分という通学の便に恵まれた住宅街の中に位置しています。

HR教室に冷房設備が完備するなど、施設、設備も充実しています。
生徒たちは緑豊かな恵まれた環境の中で、和やかで落ち着いた学校生活を送っています。

文系、理系、私立、国公立などの進路希望に応じ、学びを深めるようカリキュラムを工夫。生徒が努力すればするほど成果が上がる環境を整えています。

また、多くの生徒が部活動で切磋琢磨しています。18の運動部と17の文化部・同好会が活発に活動しています。詳しくは部活動のページをご覧ください。