校長室ブログ

12/18 プチ史跡めぐり(30) 上野駅(2)と不忍池

 早いもので、今週いっぱいで2学期も終わります。今年も残すところあと2週間となりました。そんな師走のあわただしさの中、昨日、所用で上野方面に行きました。風はちょっと冷たいものの抜けるような青空でしたので、ついでに散策してきました。

 上野駅については以前(プチ史跡26)も書きましたが、まずその続きから。

 中央改札を抜けたコンコースのアーチです。内側にきれいな浮彫の装飾があります。上野駅のこの辺りも何回も改装をされたはずですが、今時、こういった部分にお金をかけたり、またこんな細工のできる職人もいないと思いますので、おそらく大正時代の建築当初のものでしょう。

 

コンコースの出口の天窓の格子もいい感じです。

 上野駅の正面出口の外観です。日本の特撮番組の金字塔、「ウルトラQ(1966)」第14話「東京氷河期」の冒頭で、桜井浩子さんの演じる新聞記者・由利子が、出稼ぎに出たまま行方不明の父親を捜しに来た少年と出会うのが、この場所です。改装により若干の変化はありますが、ほぼ60年前と同じです。「ウルトラQ」が放送されていた当時、私は3歳くらいだったはずですが、ケムール人とかカネゴンとか、やたら怖かった記憶があります。

 

 広小路から不忍池の南側に回りました。遠くに弁天堂(写真中央やや右側)が見えています。徳川家康が江戸に入ったとき、江戸と江戸城を守護するために東叡山・寛永寺を作りました。寛永寺は京都の東北にあって京都を守護する寺、比叡山・延暦寺に対応させたものですが、それと同様に琵琶湖の竹生島の弁天堂を模して造られたのが、この不忍池の弁天堂です。

 昨日はたくさんの人が池の周りを散策し、池の向こうの音楽堂では何やらアイドルさんのイベントも行われ、なかなかの賑わいでしたが、この上野の山から広小路、不忍池の一帯は、江戸時代から庶民の手軽な行楽地として繁盛した場所でした。明治時代には不忍池を周回する競馬も行われていたそうです。

 また、森鷗外の小説「雁」にも不忍池は登場します。小説の最後の方で大学生の主人公たちが、池の雁(水鳥)に石を投げつけて殺し下宿に持ち帰って食べようとする場面があります。友人の一人が蓮の泥田を掻きわけて雁を取ってくる描写があったような気がするので、この写真を撮ったあたりが想定されていたのかもしれません。森鷗外や夏目漱石の作品で「学校」や「大学」といったらほぼ東大のことですし、「大学生」というのもみな東大生です。明治時代の東大生はずいぶんワイルドだったのだな、と思います。

 長くなってきたので、ここで切りますが、次回もこの続きを予定しています。